狂人日記

ある男の人生記録です

視点死刑 ブルーハーツ的葛藤 植え付けられた視点

彼との関係が実質破綻してから私は心理的に葛藤を抱えるようになってしまった。

彼との関係はいわば仮面夫婦みたいなものだった。私の心は彼からほぼ完全に離れていたが、彼に逆らうのが恐ろしくて見た目だけ夫婦を続けているようなものだった。

彼との関係が悪化してから我が家は新築のアパートに引っ越しをしたのだが、彼を家に呼んだ時に彼に『なんだかショボい家だな』といわれてしまった。私は頭にきたがしかし何も言い返す事が出来なかった。

彼は私が自分の側から離れて行ってしまうのが嫌だったのだろう。悪口もただの駄々っ子の戯言、好きな女の子に振り向いてもらいたくてあえて、女の子に悪口を言う駄々っ子みたいなものだった。

中学生は自意識過剰な時期だから、自分のことを見てもらいたい、理解してもらいたいという気持ちは他の年代の人間よりも強いものだが、彼は他の一般の中学生よりそういう気持ちが強い奴であった。

自分が如何にすぐれた人間であるか私に事あるごとに語るようになったのも、関係が悪化してからであった。立場的に私よりも上位にあると印象操作していたと思われるが、まさに中2病的自惚れ以外の何者でもなかった。

しかし、私は鵜呑みにしてしまったのだ。彼は優れた人間であると、誰よりも優れた人間であると思い込んでしまったのである。

彼の認めたもの全ては崇高で価値のものであり、彼が認めないものは全て無価値なものであり、聞くに値しないものだった。

『お前そんなの好きなんだ』『あんな奴ら付き合う価値もない』『そんなもの何がいいんだ、全然面白くないわ!』『こいつらムカつくんだよ、見る価値もないわ!』等嫌いなもをボロクソに貶すようになったのも関係が悪化してからであった。

彼の貶す物の中に当然私の好きなものが含まれており、私は自分の好きなものに対して素直に好きになれなくなってしまった。そして、彼が価値あると認めたものを好きになるように努力するのであった。

正直な所、これは自分にとって楽しくも面白くもない重荷でしかなかった。本音は彼の元から離れて自分の好きなものたちに囲まれて好き勝手に生きたいであったが、観念的に埋め込まれてしまった彼の視点が邪魔して好きなものを素直に好きと言えなくなってしまったのであった。

要するに私の中にある二人の自分-彼の元にとどまらなければない自分と彼の元から離れて好き勝手に生きたい自分との2人の自分との間を行き来する、振り子のような、葛藤であった。

例えば彼は『ブルーハーツは奥が深い、ブルーハーツがわからないやつは馬鹿だ』と言うと、私はブルーハーツが好きになるように努力するのであった。

これは苦痛以外の何ものでもなかったがわざわざ自分で金をだしてブルーハーツのCDを買ってまでして好きになろうとする苦行のような努力であった。

しかし、これは無駄な努力であって決して実を結ぶことはなかった。人間例えそれがどんなに良いものでも押し付けがましさが伴っているものは自分の中から弾き出そうとするものであって、自分の中にブルーハーツを好きになる資質があったとしても決して好きになることはないのである。

私はブルーハーツに関しては未だに葛藤がある。今でもたまに、棚からCDを取り出してブルーハーツや解散後に新しく結成したハイロウズ等を聴くが、心のどこかで
俺はブルーハーツハイロウズは本当に好きなのだ、ブルーハーツハイロウズの良さが分かるおれは賢いのだと思う自分と、いや違う俺はこんな音楽好きでもない、
俺の好みとはかけ離れている考える二人の自分がいる。

普通、昔聴いた音楽を聴くと過去に持っていた感慨や憧憬が想い起こされるものだがことブルーハーツハイロウズに限ってはそんな事がほとんどない。

過去が呼び起こされるアルバムは松本人志がジャケットデザインを出掛けたハイロウズのロブスターぐらいのものであろうか。真夏の暑い日に聴いていたアルバムであった。
夏祭りや、夏の暑い日射し等が呼び起こされるのである。

それも同時期に聞いていた大ファンのローリング・ストーンズのベストアルバムを聴くと当時の事が思い出されるが、
ハイロウズのロブスターもストーンズのalbumに引っ張られるようにであってロブスターだけの力だけで、過去が呼び起こされるわけではないのだが。

要するにハイロウズのロブスターを聞くと同時期に聴いていたストーンズのアルバムが呼び起こされ、ストーンズの曲と共に過去が、甦るのであった。

この葛藤、良いもの、悪いもの、価値あるもの、価値無いものは、ブルーハーツだけではなく他のモノとの関係にもずらされて、再現されるので実に厄介であった。